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■写真館

瞽女資料館

 

 

このページでは上越市在住の研究家、市川信夫氏の所蔵する「高田瞽女」関連の写真を主に掲載しています。撮影時期=昭和3050年代。

 

 

 

田んぼ道を行く瞽女

後ろの並木は収穫した稲を干す稲架(はざ)の支柱にするためのもので、榛の木やとねりこの木などが多く植えられた。下枝を刈って横木をかけ、ずらりと稲が干された風景も秋の風物詩だが、冬枯れの寒々とした木々もまた新潟の畦道に味わいをそえている。






けわしい山道

 

バスを利用しての旅

後年は遠方への旅ではバスを利用することもあった。






高田瞽女最後の親方・杉本キクエ(1898〜1989)

新潟県諏訪村(現・上越市)に生まれ、5歳の時に麻疹がもとで失明。翌年に高田瞽女の杉本家に弟子入りし、24歳の若さで親方となる。卓越した芸と徳望で知られ、高田瞽女の掟通り一生を独り身で通した。1970年に国の無形文化財記録選択に指定、73年には黄綬褒章を受章した。






高田(現・上越市)の杉本家

左から杉本シズ・杉本キクエ・難波コトミ







家の拭き掃除をするキクエ

 
杉本家は城下町高田ならではの町屋づくりで、間口はせまいものの奥行きは長く、広い。柱や床はキクエたちによって磨き上げられ、黒光りしていたという。





 

キクエの肩を揉むシズ

 

くつろぎのひと時






第20回(1965年度)芸術祭参加公演であった「全国民俗芸能大会」(1965年10月23日)に出演のため、上京した際に撮影した写真と思われる。前列左からシズ、キクエ、コトミ。後列左から二人目は高田(現・上越市)で瞽女の研究、支援をしていた市川信次氏。






寄り添って立つ3人。上の写真と同日に撮影されたものか。






高田の町並み

軒が張り出すように作られた歩道の屋根は「雁木」と呼ばれ、雪が降っても通路を確保できるようにとの知恵によって生まれた建築。雁木の存在が高田の町に陰影を与え、風情ある町並みを生み出している。
 

手引きのコトミを先頭に雁木の下を歩くシズ

 




胎内やすらぎの家入居の日

終の棲家となった新潟県胎内市の盲養護老人ホーム「胎内やすらぎの家」入居の日の写真。高田からバスで安らぎの家に到着したコトミ(左手前)とシズ(左手前から二人目)を迎える長岡瞽女の小林ハル(右手前)。